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誘い(イザナイ)  (絵・再掲載) [イラスト]

これはあくまで作り話である。

ーリン、電話が鳴った。
カチャリと受話器を取ると
「あ、いたいた、あたしあたし、覚えてる?」
「や、誰ですか?」
「◯子よ◯子、この前同窓会で会ったじゃん」
ああ、そういや会ったな、と言っても半月以上前だったが。

「今度ソッチに行くからさ、一緒にご飯でも食べようよ! ね?」
「あー‥、まあ良いけど」
「わあ、良かった、で、食べる所なんだけどファミレスで良いよね?」
「全然大丈夫」
「じゃ、その内にまた電話するね」
ープツリ

「ファミレスで飯か‥、別に良いけど久しぶりにタイマンで飯食うな、大丈夫かな、俺」
そう言って携帯のパンフレットをペラペラとめくった。

自分の周りで携帯を持って無いのは自分だけだったので「なんとかしなくちゃな」と思っていた。
自分はそれを不便と思っていなかったのだが、如何せん周りが不便だとヤイヤイ言っており、半ば強制的に購入を迫られていた、それまでは正直「携帯持ってない自分、格好良い」と、思っていたのだ。
そんな自分に先程の電話はドンと背中を押すきっかけになって、実際にその数日後に携帯を手にしていた。
その頃は0円携帯が種類に富んでおり、タダ当然で手に入れたのだ。

今度◯子に会った時に教えてやろうと思うと、その日が来るのがなんだか楽しみになっていた。

そして数日後、電話で待ち合わせの時間と場所を聞いた、◯子は自分の家の近所の店を指定した。

当日、車がないので自転車でさっそうと出掛けた。
ファミレスに着くと、すでに◯子は隅の席に腰掛けて手をヒラヒラと降っている。
「やあや、待たせてスマンよ」
「良いの良いの、全然大丈夫だから」
そしてメニューを決めて学生時代の事を話し合う、料理が来てからも食べる合間にも話は尽きなかった。

ああ、来て良かった、なんて楽しいんだ。

そして話し疲れて食後のコーヒーをグビリと飲んだ時、◯子が急に小声で言う。

「ねえ、宇宙って信じる?」

いきなりの発言に思わず「はぁい?」と聞き返す。

◯子はそれを聞き流しながらバッグからガサゴソとパンフレットのような物をテーブルにスッと置いた。
パンフレットには「幸せな人生」だの「選ばれる信者達」だのの文字とともに「◯◯会」の文字が、それは聞き覚えがある宗教団体の名前だった。

「あのネ、人生って木と同じなの、人生に分かれ道があるように、木も途中で枝と枝が分かれているよね、私達はそんな時に良い枝を選べるように導く事ができるの、それも◯◯様の教えを学んでいるからなの、なのにそれを信じないで、その場その場の感で人生の道を選ぶなんて以ての外なの、常識に囚われちゃ駄目、精神を宇宙に持っていくの、だからね、一緒に良い枝を選べたら良いなあと私は思ってるんだ、どうかな?」

頭がクラクラした、先程迄はあんなに楽しかったのに、あの笑顔は何だったんだ、枝って何だよ、こえだちゃんしか知らねぇよ。
気を緩めたら吐きそうになった、指先が冷たい、足も震えている。

思わず「その〇〇様とやらに今、会わせてくれ」と、静かな怒りを底に震えた声で言った。

◯子は言う「〇〇様は普段は私達の心のなかにいて、実際に会うのにはたくさんの修行を積んで、その時初めて目の前に現れるの」
「なんだよソレ、実際に目に見えない者の為に修行なんざ自分には無理だ」
「それじゃいけないの、私達◯◯会は人としての徳を積んで〇〇様の聖域に近づくの」
「なんだソレ、全部理想論じゃないか」
「理想とかじゃないの! 現実に〇〇様に会った人もいるんだから!」
「そんな訳の分からん団体が創りだした選ばれた奴にしか見えない〇〇様とやらを信じることは出来ない、まだ地蔵や神様に縋った方が楽だ」
「◯◯会を悪く言わないで! そうやって楽な方楽な方に逃げているから駄目なんじゃない!」
「ああよ、修行とやらで〇〇様に会いに行くような人生送るなら、楽で近道する人生をぼかぁ選ぶね、ニヒリズムだからね」
「あなたには救済が必要なの」
「そんなものに救われたくない」
「あなたを助けたいの」
「余計なお世話すぎる」
「なんで‥、なんで‥」そう言いながら◯子はポロポロと泣きだした。
気が付くと自分も泣いていた。
誘い.jpg
スックと立って領収書を素早く取り、震えた声で「もう、会うこと無いから」と言って、踵を返し、逃げるようにレジに向かった。

店を出た、自転車に乗った、番号を教えるはずだった携帯電話をポケットに入れたまま、ただ只管にペダルを漕いだ。

「なべて世は事も無し‥、か‥」然したる理由はなかった、ただ、何か呟かなければ体が崩れ落ちそうになっていた「な〜にが◯◯様だ、鬼籍にでも入りやがれ」そう言って昔の◯子との思い出を浮かべた。

学生時代の◯子はよく笑う子だった、それも男のように「ガハハ」と笑っていた、男子にも女子にも分け隔てなく人気があった、しかし先程の◯子にはその面影は既に無かった。
そしてその思い出は段々と掻き消えていく‥。

悔しかった、何故こんな事に‥、一体誰が‥。

やり場のない怒りを抱え、光の粒をまぶした暗い空を、いつもの夜を自転車でフラフラと意味もなく遠回りしながら帰路に着いた。

そして風呂入ってテレビ見てベッドに入ったが、碌に眠れなかった。
何なんだこの人生。

その上、今日「スーパーカップ大盛りいか焼そば」の販売を、3月末の生産分で終了すると知った。
好きなのにぃ‥、なんで‥、一体誰が‥。


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